侍のアルバイトは傘張りじゃなくて、

くつ下編みになりました。
江戸の末期。ヨーロッパの新式銃の訓練がはじまリ、銃の錆止め用手袋とくつ下がメリヤスでつくられるようになりました。やがてこの手編み仕事は、財政困窮な下級武土の内職になります。一橋家、田安家、南部松前藩、常陸龍ヶ崎藩などでは、藩の産業育成のためにくつ下編みを武士に奨励したほどです。器用にメリヤスで足袋をこしらえ、土地の名産にまでした藩士が出現したとか。でも…傘張り浪人という言葉は現在まで残っていますが、くつ下編み浪人は耳にしません。

お侍のアルバイトの図